京極夏彦『姑獲鳥の夏』の感想


2023年6月2日

姑獲鳥の夏

【本の詳細】Bokshelf: 文庫版 姑獲鳥の夏

先日、京極夏彦の『姑獲鳥の夏』を読みました。

妖怪にあまり興味がなく、今回はじめて京極夏彦の小説を手に取りました。

しかし、ミステリーとして面白く、妖怪や超常現象に興味がない人でも楽しく読めると思う作品でした。

あらすじ

この世には不思議なことなど何もないのだよ――古本屋にして陰陽師(おんみょうじ)が憑物を落とし事件を解きほぐす人気シリーズ第1弾。東京・雑司ヶ谷(ぞうしがや)の医院に奇怪な噂が流れる。娘は20箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津(えのきづ)らの推理を超え噂は意外な結末へ。京極堂、文庫初登場!
(出版社)

京極夏彦のデビュー作

『姑獲鳥の夏』は、1994年に出版された京極夏彦のデビュー作にして、百鬼夜行シリーズの第1作です。
この作品はかなり分量があり、文庫版で630ページ、分冊文庫版では上が320ページ、下が352ページあります。
この分厚さも、いままで読まなかった理由のひとつです。

感想

舞台は戦後の東京

この小説の舞台は昭和27年(1952年)の東京です。主人公は、「京極堂」こと中禅寺秋彦です。京極堂は古本屋の店主であり武蔵晴明神社の神主ですが、副業として拝み屋をしています。語り手は、関口巽という文士です。
語り手が戦前の教育を受けているということもあり、旧字体や旧仮名遣いがかなり多用されています。漢字にルビは振られていますが、読みにくいと思う人も多いと思います。ただ、旧字体・旧仮名遣いが雰囲気を作っている部分も大きく、違和感はあまり感じずに読むことができました。

この世には不思議なことなど何もないのだよ

「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」

このフレーズが京極堂の座右の銘とされています。
シャーロック・ホームズの有名なセリフ「初歩的なことだよ、ワトソン君」を意識していると思われますが、京極堂の信条を表す良いキャッチフレーズだと思います。
ただ、この言葉は額面通りの意味ではなく、

言葉の上だけで捉えると、まるで近代合理主義の権化のような意味合いにも受け取れるのだが、どうやらそういう意味ではないらしい。

と書かれているように、逆説的な意味をもっているらしいのです。

だいたいこの世の中には、あるべくしてあるものしかないし、起こるべくして起こることしか起こらないのだ。

ここまで読むと、この世には因果律があり、すべての物事には原因があるのだから、「不思議」の一言で片づけられることは存在しないという意味なのかとなんとなくわかってきます。

これが、妖怪や超常現象を題材とした上で本格ミステリーにするための制約条件となっているのだと思います。 この条件がなければ解決の可能性が広がりすぎて、本格ミステリーにはならなかったでしょう。

方法的懐疑

この小説のはじめの方に、方法的懐疑を実践させる場面があります。また、探偵手法も方法的懐疑といって良いと思います。

方法的懐疑とは、デカルトが『方法序説』のなかで説明している哲学的手法であり、近代科学の出発点となっているとも言えます。

そのような場面を入れることで妖怪や超常現象をあってもおかしくないものとして受け入れやすくし、雰囲気を作りつつ、最後の解決はかなり科学的なものになっているのが、この小説の素晴らしい点だと思います。

まとめ

妖怪などに興味がなくても、本格ミステリーが好きならばおすすめできる小説です。

また、哲学やデカルトが好きな人にも読んでほしいです。

ただ、オカルト・除霊・陰陽師のようなものを期待して読むと少し違うのではないかと感じました。